« 「なし?」 | トップページ | ちかれたび »

知らない間に紡がれる物語

明け方、とても美しい夢を見た。
なかなか目覚めたくなくて、少しでも眠りを引き延ばそうとして、それでも少し幸せな気持ちで目を覚ました。


実はわたしの右足は、足首から先がない。
くるぶしをひどくぶつけて、しばらくその痛みで歩くことができず、病院に担ぎ込まれたら、それがきっかけでいろいろなことがわかり、あれよあれよというまに切断することになっていた。
自分でもその経過について思い返してもきつねにつままれたような感じだったと思う。
今は義足や装具も進歩していて、日常生活ではほとんど不具合がないため、親しい人も滅多に気づかないほどだ。
すっかり慣れてしまったのもあって、かなり長距離を歩いても、たいして辛くもない。
でも、義足を付けていないと、ほんのわずか10センチばかりの欠損のために、ほとんどまともに歩くことができない。やはり痛めている膝との関係で、足を大きく振り出すようにしないと歩き出せないし、身体が大きく揺れて、何もかもが思うようにならないのだ。

ある時、友人と道を歩いていて、そこが足首を切断した病院の前だったということに気づいた。小学校2年生の時に虫垂炎で入院したのも同じその小さな古い病院で、国道近くなのに、ちょっと日陰で、人影がない通りに面して立っている。昔とは違って、白い壁が少し汚れていた。

ただそれだけで、なんだか辛い気持ちになった。
わたしは自由に走ることができない。どんなに望んでも、この重たい足から自由になれない。
他の人に合わせたスピードで、はずむような速足で歩くことができない。
今はとても幸せに暮らしているのに、ただそれだけが思いのままにならないのだ。

義妹から小冊子を1冊もらった。
冒頭には三つの小文、どれも美しいものに対する思いや、深い内省、生き方について、飾らない言葉で身近な事物で語っているもので、隠れた才能に驚いた。
そのままページを次々に繰ると、中編小説ほどのボリュームの物語が始まった。
設定や細かい部分は現実のものとはかなり変えてあるようだが、それでも実際にあったことを題材にしていることがわかる。わたしの知らなかった家族の、一族の物語が、数十年に渡って紡がれていて、そこかしこにふんだんに、本物の、家族の古いスナップ写真が全頁の大きさに引き延ばされて挿入されている。大人たちが、子どもたちがたくさん写っている、美しい写真ばかりだ。
祖父母の話から、両親のエピソード、そしてどんどん時代が下って、義妹達が大きくなってきたところまで読み進めたら……目が覚めてしまった(^^;
残念(;_;)

ちなみにこの二つの話、冒頭の3行目からあとは全部夢です。念のため。

|

« 「なし?」 | トップページ | ちかれたび »

コラム」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/43901/1692170

この記事へのトラックバック一覧です: 知らない間に紡がれる物語:

« 「なし?」 | トップページ | ちかれたび »