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「百鬼夜行抄」4巻 今市子

ちょっと昔の日記を読んでいたら面白かったので再録。

百鬼夜行抄 4

朝日ソノラマ (1997.12)

98.06.09 (火)23:40-
 ようやく職場復帰。来月の減収がいたいぜ。
 「百鬼夜行抄の」4巻を読んでいて、まざまざとよみがえった日々があった。すべてが恐ろしいもの、魅力的なものに満ち満ちていた子供時代の世界をほんの少しだけ思いだしたのだ。

 「百鬼夜行抄」の主人公律は、人には見えぬさまざまなものが見えてしまう少年だ。小さなころから、畳の上、部屋の隈、庭先に、息づいている不思議な妖怪、もののけの類い。
 彼の子供時代は、相当悲惨なものだったようだ。朝、登校すると、彼にしか見えない不気味な妖怪が、彼の席にどっかりと座っている。「どけよ」と声を出してなんとか追い払えても、まわりは「またやってる」と遠巻きにしたり馬鹿にしたり。授業中もテスト中も有りとあらゆるすき間から、小さくてそれほど害のない、と言ってもえらく邪魔な者たちに妨害されて、テストどころか授業の内容すらほとんど理解できない。
 クラスに必ず何人かいた、いわゆる「問題行動」「徘徊」「授業妨害」「授業放棄」を起こす子供たちの世界も、ちょっと見方を変えればこんなものなのかもしれない。ほんの少しだけ敏感で、ほんの少しだけこらえが聞かない。ほかのひとよりあちこちから引きが来るのを感じてしまうために、一つのことに集中できない。
 なぜこんなことを思い出したかというと、わたしも非常にこれに近い子供だったからなのだ。

 世界は未知でいっぱいで、いくつもの謎に悩んで、夜は眠れなかった。チック症となり、数々の問題行動を起こした。ピアノを弾きながら、背後に骸骨が立っているという強迫観念からは何年も離れることが出来なかった。なまじ頭が回るだけに、気になったらそれから頭が離れないという気性が災いしたのだろう。
 幼稚園でえらく知能指数が高いと言われ、土曜の午後のお受験コースでも(たった一つの汚点、全く歯が立たなかったジグソーパズル以外は)輝かしい成績を残したにもかかわらず、進んだ普通の公立小学校の中低学年は決して成績が良かったわけでも、優等生だったわけでもなかった。
 落ち着いて一つのことが出来ず、あれこれ手を出しては中途半端。おしゃべりで辛抱が効かず、すぐ感情的になる。まるで今のわたしの姿そのままだ。温かく見守って下さる先生に巡り合って、何とかかろうじて社会的な人間への道を歩みだしたという程度のものだった。

 特に転校した小学校四年生の頃はひどかった。当時はろくに自覚もなかったのだが、わたしは転校早々クラスの半数以上の子供たちから激しいいじめに遭い、今から考えてもかなり過酷な生活を送っていた。しかし思い返しても、学校をさぼったり、誰かに打ち明けたり、辛いと思った記憶がない。多少はむっとしたり、理不尽に怒ることもあったのだが、ひどく現実に適応していないのが幸いして、大した痛手を受けなかったらしい。親には全く関係ないことだと何の疑問もなく思っていたのをよく覚えている。
 昼休みに一人で教室で本を読んでいるのを心配して、担任教師は何度も外で遊べと促したが、それは外で他の子供たちと遊びたくなかったのではなく、ただ本を読んでいるほうが楽しかったのだが。やはりクラスの主導グループから疎外されている子供たちが平然としているわたしのまわりに集まって、完全にクラスが二分されたために教室が緊迫した雰囲気となったこともあったが、実は本人はあまり気にしていなかった。

 このクラスの若い担任とは相性があわなかった。まだ四年生のわたしには「先生」は絶対だったし、不思議なことにその教師に無条件に好意さえ抱いていたのだが、今思い返すと、わたしはあの人には恐ろしいほど嫌われていたようだ。
 やはり「給料はいくら」とか「組合に入っているの」とか小学生に有るまじきことを平気で何度も尋ねるような無礼なやつだったり、特に彼女の苦手な分野では意図的に授業を妨害していると思われてもおかしくないような質問で教室をよどませたりという輝かしい戦歴を重ねたせいもあるのだろう。わたしはあの頃、今の自分よりも若いあの先生がどんな学習指導計画を立て、どうやってクラスを引っ張っていくかというからくりをほとんど理解していたというのに、自分がその進行の邪魔者であることには気づかなかったのだ。
 のほほんと育ったわたしは、あの年まで、大人からのあからさまな敵意というものに接したことがなかったので、自分のなにかが彼女の癇、プライド、あるいは表に出していなかったコンプレックスに障り、自分への態度に跳ね返っているということをなかなか理解出来なかったのだろう。
 進級してからあとも、礼儀正しいというより、そういうものだと信じ込んでいたわたしは、欠かさず年賀状を送ったが、すぐに返事は来なくなった。
 無敵のギャングエイジだった頃の話だ。

 その後、心を打ち明けることの出来る先生と巡り合い、どうやってか和解した四年の時のいじめっ子達を逆に配下のように従えて、よそのクラスに殴り込みをかける女番長か参謀格として過ごした五年生、そして、また隣の小学校に転校して、合唱と塾に明け暮れながらもどうにか小学校を卒業するまでは、非常に楽しくて有意義な世渡り上手な「優等生」としての生活を送ることが出来たのだが(一方で恐ろしい反抗期であり、午前様、締め出されて物置きや軒下で寝たり、塾さぼり、夜遊びという裏の顔もあった)、それはたった二年間のことであり、その後わたしはあっという間に、今度は落ちこぼれという名のはみ出し者に転落していったのだ……それはまた、べつの話。

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コメント

私が勝手に感じていたlunaさんへの親近感の源が分かったような気がしました。

私も似たような経験をしたことがあったから・・・でも、きっと私は「注意欠陥多動性障害」であった(もしかしたら現在進行形)ように思われるけど(笑)
そのうち私もブログに書いてみようかな。。。

ちなみにunaさんの子供時代の話「カンナさーん!」という漫画に出てくる子供の麗音(レオ)君をほうふつさせられました。レオ君のほうがずっとずっと小さい子供なんだけどね。
機会があったら読んでみてネ。 

投稿: @妻 | 2005.07.15 17:06

ぜひ読ませてください。自分のことでも時間が経たないと分からないことってたくさんあるよね。
自分自身のことも、何もかも感じていたら壊れちゃうと思ったから、過去のどこかの時点で感覚をセーブするようになったんだけど、それきり鈍いままです(笑) いいんだ、生き延びるためなんだ(^^;

「カンナさーん!」って、なかなか強烈なまんがみたいですね。面白そう。どこかで巡りあえるかしら♪

投稿: luna | 2005.07.15 17:53

lunaさんの昔話を読ませていただいて、嬉しかったので、初めてコメントさせていただきます。こんにちは。
子供の頃の転校の記憶というのは、未だにセツナイものがありますね。なんだかどこに行っても息苦しいかったなあ。私はガチガチの優等生だったので。あー、ため息。
でも、今考えると、その息苦しさは、転校のためというより、自分の性格のためだったような気もしているのでした。あの頃はすべてが転校のせいだと思い込んでいたのですがね。いやはや、おっしゃるように、自分のことってわからないものですね。

投稿: スピカ | 2005.07.19 19:12

>スピカさん、いらっしゃいませ〜

たった三回の転校(幼稚園も一回変わってますが)とはいえ、いろいろな意味で影響を受けたなあと思います。
その時の状況をどう受け止めるかなんて、本当に分からないですよね。未だに自分が受けた影響をきちんと分析できるわけでもなし……
それでも昔に比べれば、少し分かってきたこともあるような気がします。

むむむ〜このトピックはたくさんコメントやメールで反応をいただきました。いろいろな方の思い出を刺激したのかしら?
ありがとうございました。

投稿: luna | 2005.07.20 17:30

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